主宰 才野 洋
令和6年 5月号 | ||
行く年をホームに残し列車発つ | ||
年の夜の海へと流れ込む大河 | ||
大声で泣きゐる赤子初山河 | ||
外に出れば道のあるなり年新た | ||
初春の大和の空の広さかな | ||
秒針の音の重さや冬深し | ||
被災地に寄り添ふ心冬木の芽 | ||
令和6年 4月号 | |
張り詰めた色の朝空開戦日 | |
億年を眠る化石や冬の月 | |
今聞きしことを忘れて日向ぼこ | |
雁首の光る煙管や近松忌 | |
霜柱踏んで地球を泣かせけり | |
静かさや釜を待つ炉の炭明り | |
注文をさばく手際も年の市 | |
令和6年 3月号 | |
木屋町の昼の静寂や照紅葉 | |
拾ふたび子の手こぼるる木の実かな | |
冬近し近しと朝の鳥の声 | |
立冬の高雄の谷を走る水 | |
小春日を弾んで来たるゴムボール | |
寒林を抜け来る斧の響きかな | |
綿虫に内緒話を聞かれけり | |
令和6年 2月号 | |
秋空や働きすぎず食べすぎず | |
鰯雲輪廻を信じきれずゐて | |
行く秋の仕掛け扉の閉づる音 | |
秋うらら昔の顔を残す町 | |
競ひつつ高雄の空へ飛ぶ穂絮 | |
ひややかに天狗かくれてゐる岩場 | |
老い馬も時代祭の面構へ | |
令和6年 1月号 | |
コスモスや雲はたやすく嶺を越え | |
かろやかにたたまれてゆく秋日傘 | |
湯気細く立てる茶釜や秋の声 | |
芒野の果てへ伸びゆく高架道 | |
花野道日差しを軽く背負ひつつ | |
なだらかに遠山の影秋彼岸 | |
名刹の屋根より上がる今日の月 | |
令和5年 12月号 | |
峰雲の空へ産声あがりけり | |
ランボーの詩集を開く日焼の手 | |
容赦なき空の青さや夾竹桃 | |
空蝉をふたたび満たすものの無し | |
風の泣く声や原爆忌の暮れて | |
新涼の風や棚田の香を運び | |
青淡きあべのハルカス秋の雲 | |
令和5年 11月号 | |
夕焼やあの煙突は湯屋ならむ | |
てのひらの駄菓子なないろ夏祭 | |
地をゆすり進むトラック夾竹桃 | |
雨の夜の大言海を泳ぐ紙魚 | |
神苑に乱反射する蝉の声 | |
遠花火記憶のドアの開く音 | |
七夕の空へと昇るエレベーター | |
令和5年 10月号 | |
雨を呼ぶ風の吹きをり栗の花 | |
母子像を離れぬ人の白日傘 | |
朽ちかけの沢の小橋や夕河鹿 | |
届きたる手紙ぬれをりゆきのした | |
薫風や源氏ゆかりの神の島 | |
朴の花雲の隙間の空の青 | |
江州は空まで続く植田かな | |
令和5年 9月号 | |
低く鳴る柱時計や昭和の日 | |
行く春の祇園を濡らす夜の雨 | |
鯉幟太平洋の風を呑み | |
寄り添うて古りゆく句碑や若楓 | |
便箋を買ひけり母の日を前に | |
梅雨晴や眼下に東京都広し | |
滴りの余韻の中に滴れり | |
令和5年 8月号 | |
かがまねばくぐれぬ門や落椿 | |
田を打てば音もて土の応へけり | |
雲水の背を踵を落花かな | |
善人も悪人もなき桜かな | |
吸物の椀をいろどる花菜かな | |
紙風船つけば子供のころの音 | |
体操服白し四月の陽の眩し | |
令和5年 7月号 | |
自転車ののどかに軋む田舎道 | |
亡き人をまた夢に見し彼岸かな | |
花冷えや茶漉しを茶葉のすりぬけて | |
ひとしきり降つたる後の夕桜 | |
失せ物に多少の未練花疲 | |
もの憂げに風をあしらふ八重桜 | |
朧夜や昭和の残る裏通り | |
令和5年 6月号 | |
闇に浮く消火器の赤冴返る | |
工房にこもる木の香や春の雪 | |
真つ直ぐな髪の子バレンタインの日 | |
街路樹の芽立ち男の子の声変はり | |
囀に浸りてゐたる里日和 | |
うららかや追えば歩いて逃げる鳩 | |
列車行く春一番を貫いて | |
令和5年 5月号 | |
迷ひ無く進む秒針去年今年 | |
昇る陽を囃しゐるなり初雀 | |
年迎ふ京都の端に住み古りて | |
元朝や御幸橋てふ長き橋 | |
葉牡丹の芯へと色の深みゆく | |
黄昏の心につのる寒さかな | |
火の匂して餅焼ける匂して | |
令和5年 4月号 | |
鳥声を弾き返して冬の水 | |
玉砂利を踏めば小春の音のして | |
大年や大きなふくろ負ふ翁 | |
遠山の靄の輝き冬の朝 | |
一通の葉書の重さ開戦日 | |
山肌を寒さ下り来る日暮かな | |
夕空の色美しき寒さかな | |
令和5年 3月号 | |
さざ波の歌ふ湖面や今朝の冬 | |
ほめられて痒くなる耳冬うらら | |
返り花日差しを小さく受け止めて | |
柴犬の尻の白さや冬はじめ | |
冬凪の入り江に鳶の笛やまず | |
飴色に光る子の髪冬日和 | |
冬うらら磁石のSとNの仲 | |
令和5年 2月号 | |
むべの実や細かい雨の降る山路 | |
秒針の音の大きさそぞろ寒 | |
十三夜遺骨の父を連れ帰る | |
亡き人を偲ぶ夜長の独り酒 | |
秋うらら形見の杖を連れ歩く | |
民の意のにじむ石碑や秋日和 | |
観覧車下りゆきて秋終はりゆく | |
令和5年 1月号 | |
早稲の香やとんびの羽は風を読み | |
渡来仏祀る御堂や白木槿 | |
やはらかく乾くタオルや酔芙蓉 | |
口あけて眠るみどり児秋高し | |
名月や櫓の音はたと止まりたる | |
雑談の好きな町医者小鳥来る | |
夕暮れの杜に木の実の落つる音 | |
令和4年 12月号 |
看板の昭和褪せゐる晩夏かな |
初秋や町屋の奥に能舞台 |
窓ばかり見てゐる少女秋の声 |
秋天や決勝戦の結果聞く |
浄土へとかなかなの声とほざかる |
迎火や闇に焙烙あかく浮き |
ネクタイを緩めぬ古老終戦日 |
令和4年 11月号 |
太陽を殴る拳骨雲の峰 |
化粧して祭の稚児の真顔かな |
向日葵や遠に風力発電所 |
夕立のやみたる空を遠汽笛 |
手花火の終の火玉にある重さ |
幼子と交はす指切り夕焼空 |
とりあへず斑描の後つけてみる |
令和4年 10月号 |
のびやかに湯屋の煙突夕涼し |
吊橋を包む夕闇河鹿笛 |
沈黙といふ雄弁や水中花 |
夏木立とぎれてそらの青さかな |
ビル街にのしかかる空走り梅雨 |
梅雨寒や大型ごみとなる机 |
五月闇柱時計の重き音 |
令和4年 9月号 |
夏立つや家事の手順を少し変へ |
たたまれてしまへば小さし鯉幟 |
夏蝶の舞ふや鉦鼓に囃されて |
母の日の朝の小窓を鳥の声 |
あめんぼの走り走りて流されて |
大柄の医師と向き合ふ薄暑かな |
古紙くくる紐の軋みや若葉寒 |
令和4年 8月号 |
カラメルの暗き輝き春の昼 |
いさぎよき財布の薄さ万愚節 |
パトカーの長閑に街を巡る午後 |
眠る子よ入学式に疲れたか |
木蓮にそつと夕日の触れてをり |
オーボエの哀しき響き暮の春 |
行く春や空だけがある小さき窓 |
令和4年 7月号 |
紙一枚吐きて余寒のファクシミリ |
三月のバスにバイバイする園児 |
囀や並足で馬とほりすぎ |
春光となりて筏の下りけり |
風が触れ日差しが触れてシャボン玉 |
駅長の他は猫のみ山笑ふ |
春の野にウルトラマンとなる子かな |
令和4年 6月号 |
紅の小さき闘志や冬木の芽 |
水仙や記憶の底の海の音 |
探梅の袋小路で終はる道 |
公園の大きな時計春隣 |
セキュリティー・ソフト更新春立つ日 |
春立つと告ぐるがごとく鳶の笛 |
すきとほる鐘の音バレンタインの日 |
令和4年 5月号
常夜灯消えゆく町や初雀
初景色遠くをめざす鳥の影
初風呂に沈めたる身の軽さかな
数の子を噛めば明るき音の立ち
書初めを終へたる息を長く吐く
初夢といふには影の淡すぎて
やや軽き帰途の鞄や日脚伸ぶ
令和4年 4月号
重力のわづかなゆらぎ銀杏散る
朝の日を軽くまとひて冬薔薇
北風を切り裂き進む救急車
陽は風に吹きちぎらるる枯野かな
マスク越しなれども確と笑顔かな
片脚を靄に隠して冬の虹
白菜を割ればひしめく光かな
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