新酒酌む | 中谷 廣平 | ||
鶴を折る事しか出来ず広島忌 | |||
また元に戻る推敲鉦たたき | |||
ことの葉をさらうて行きぬ紅葉風 | |||
白桃を啜る口元より老いぬ | |||
屁理屈の子に勝ちゆづる秋灯下 | |||
秘め事の聞き手が欲しき望の月 | |||
寄り添へば無口も言葉十三夜 | |||
饒舌も寡黙もよけれ新酒酌む | |||
温め酒老いおだやかに躓かず | |||
健やかに暮らす証しや障子貼る | |||
尾花活け風の囁き聞く夜かな | |||
赤提灯入りて夜長の客となる | |||
メールてふ声なき会話そぞろ寒 | |||
小さき手に胸を任せる赤い羽根 | |||
林檎剝く何を引きずる妻の黙 | |||
一陣の風や秋思を裏返す | |||
猫の喉なでて夜長のむだ話 | |||
缶蹴つて過ぎゆく秋の声を聞く | |||
朝寒の空へ拳を突き出しぬ | |||
目に見えぬものに急かされ冬支度 | |||
受賞のことば 嵯峨野賞 中谷 廣平
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令和六年元旦の午後四時、ドーンという音で始まった「能登半島地震」、妻と二人逃げ出すことも出来ず、炬燵に揺れの治まるまで必死にしがみついていました。我が家の建物はなんとか大丈夫でしたが、家の中は家具等の散乱で足の踏み場もない状態でした。 現在一階はある程度片付けましたが、二階は何処から片付ければ良いか分からず、まだそのまま手付かずです。 五日間の孤立状態、六日目に解けて、二キロ離れた市街地に来てみれば、道路の損傷が大きく、随所に崩れた家、倒れかかった家、それに火災、言葉に尽くせない惨状です。親戚や友人の安否を気遣いながら、有り合わせでの食事、夜は懐中電灯の灯りでの生活。「電気も水もない」の生活が続いていました。現在電気は一月二十日に灯りましたが、水は二月末か三月中になるとの事で、水のない不自由な生活が続きます。 そうした中、電話で令和五年度の「嵯峨野賞」入賞のお知らせ、非常に驚きました。只々嬉しいやら感謝の気持ちで動転しています。 私の趣味は切り絵と鮎釣りで、鮎釣りは地元の川に飽き足らず、他県にまで出向いて釣りを楽しむほどでした。しかし腰痛の悪化で釣りが出来なくなり、ぼやいていたら友人に地元の俳句会に誘われたのが、俳句を始めたきっかけです。 季語という言葉さえ知らない俳句に無縁の私でしたが、俳句会の先生から、あなたの俳句は説明調ですねなどと言われ、「十句作り十句捨て」と「一日一句」を指導され、歳時記や参考書等を買い求め、俳句誌、先生方の俳句を読みながら三年間勉強を続けてやっと、先輩方に認められるようになり、現在に至っています。 昭和初期生まれの高齢者ですが、先生方の教えを守り、俳友と仲良く大事にしながら、俳句だけは万生の友として続けていきたいと思っています。 この度の選考に当たられました諸先生方には、心からの感謝と御礼を申し上げます。 |
略歴 |
昭和12年 石川県輪島市生まれ |
平成20年 輪島俳句連盟入会 |
平成29年 嵯峨野体験入会 |
同 年 嵯峨野入会 |
令和 2年 若竹集同人 |
令和 4年 月光集同人
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湖国点描 | 田中土岐雄 | ||
村人が守る観音春の雪 | |||
涅槃会や比叡にかかる雲低し | |||
湖畔行くマラソン走者風光る | |||
うららかや湖面をわたる周航歌 | |||
みづうみへ咲きこぼれたる桜かな | |||
レガッタや光る水面を捉へたる | |||
出航の銅鑼は三回夏に入る | |||
蒲生野に風行き渡る麦の秋 | |||
さざなみや浜昼顔の揺れてをり | |||
蛍火や湖北に多き古戦場 | |||
義仲寺に幻住庵に蝉時雨 | |||
風孕み傾ぐヨットや白き波 | |||
大花火黙を残して果てにけり | |||
蜩のこゑに包まれ余呉の湖 | |||
星流る北緯三十五度の空 | |||
対岸の灯りさやかに星月夜 | |||
自転車を停める湖畔に秋の虹 | |||
曼珠沙華かつて一揆のありし村 | |||
暮れてゆく湖東平野の案山子かな | |||
沈みたる数多の遺跡秋深し | |||
受賞のことば 嵯峨野新人賞 田中土岐雄 | |
嵯峨野新人賞の知らせを頂き、喜びでいっぱいです。入会から日が浅く,見よう見まねで取り組んだ初めての連作で、このような大きな賞を頂けたことは幸運というほかありません。 選者に当たられました先生方に、心より御礼申し上げます。 略歴にありますように、私は独学で俳句を始めました。しかし、何もかも手探り状態で、ほとんど手応えもなく、これから先どうしようかと考えていたのですが、コロナ禍がようやく落ち着きをみせてきたのを機に、嵯峨野の体験入会を申し込み、併せて早蕨句会への参加を認めていただきました。 句会や俳誌は、本当によい刺激になりました。同時に、今後学ぶべきことの奥深さを実感しています。あらためて才野主宰をはじめ、句座を共にしていただいた方々、嵯峨野に関わる皆様に感謝申し上げます。 応募作は琵琶湖とその周辺に句材を求めたものですが、自宅から湖岸まで徒歩数分であることや、窓から芭蕉翁が眠る義仲寺の屋根がよく見えることなど生活環境が幸いしたものと言えます。 今後、どのような俳句を作ってゆけるのかは分りませんが、自分なりに試行錯誤をしつつ、それを楽しんでいけたらと思っています。これからもよろしくお願いいたします。 |
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略歴 | |
昭和32年 滋賀県生まれ | |
令和 2年 独学で入門書を読み始める | |
以後「NHK俳句」等に投句 | |
令和 5年 4月 嵯峨野体験入会 | |
令和 5年 10月 嵯峨野入会 | |
冬銀河 | 𠮷田 鈴子 | ||
一斉に鳩の飛び立つ大旦 | |||
香の立ちてとろりと椀に若葉粥 | |||
さり気なく花菜あしらふ京の膳 | |||
摘草の桐の器に盛られけり | |||
紋白蝶日のぬくもりをまとひつつ | |||
朝日差す蛇衣を脱ぐ宮の杜 | |||
大淀の川面滔滔夏兆す | |||
水筒の音ちやぶちやぶと夏の雲 | |||
やや傾ぐ小さき石仏彼岸花 | |||
和菓子屋の友より届く盆の餅 | |||
盆の風寄り添ひくれし母ここに | |||
笑み給う母の遺影や秋簾 | |||
白粉花に顔近づける夕まぐれ | |||
修復の社殿眩しき菊日和 | |||
本殿の扉閉ざされ今朝の冬 | |||
冬紅葉天神様へ続く道 | |||
茶の花の咲きつぐ宇治の蔵屋敷 | |||
マリア像祈りの庭の冬薔薇 | |||
磯千鳥息ひそめゐる瀬戸の島 | |||
あの人もこの人も逝き冬銀河 | |||
春を待つ | 築山ふみ女 | |
春耕の土やはらかく深呼吸 | ||
ゆつくりと歩きたくなる春日傘 | ||
初恋の一人にひとつ朧かな | ||
空の色透かして白き桜かな | ||
春の月雨のにほひを残しをり | ||
五月雨やアナログ盤のちりちりと | ||
黴の香や画集に母のメモ用紙 | ||
紫陽花の青深くして雨あがり | ||
水打つて真青な空を仰ぎたり | ||
空蝉や魂わづか残しをり | ||
月出づる時を待つ間の恋ごころ | ||
秘するとは美しきこと蛍草 | ||
蜩や朝の静寂の向かうから | ||
放課後のドヴォルザークや風の秋 | ||
坪庭に刻とぢこめて秋雨かな | ||
虎落笛記憶のかけら疼き出す | ||
地球てふ星に生まれてクリスマス | ||
添書のやはらかな筆冬ぬくし | ||
裸木の中に確かな力あり | ||
携へしアンネの日記春を待つ | ||
四 季 | 中島 文夫 | ||
妻の背のだんだん丸く梅の花 | |||
白魚網かたむく船へ日のしずく | |||
強東風や干網ならぶ九十九里 | |||
閼伽桶の水春光を揺らしけり | |||
春雷の夜半の枕を過ぎゆけり | |||
花冷の池は静寂を戻しけり | |||
連休の果つる車窓へ余花の風 | |||
姉の娘と姉なつかしむ豆御飯 | |||
旅終へて部屋へ立夏の風入れる | |||
日盛や明神下の坂の町 | |||
対戦のチームの校歌夏果つる | |||
八月や鉄の匂の造船所 | |||
名月や物干竿の黒き影 | |||
両足をたらす舟べり鯊日和 | |||
秋澄むや水筒越しの空と雲 | |||
柿たわわ日暮れの色をふくみをり | |||
白菜漬あてずつぽうの塩加減 | |||
灰色の空を抱へる冬の池 | |||
ガスタンク明暗まろし冬日影 | |||
大寒や砥石をすべる刃の光 | |||
四国巡り | 藤沢 道子 | ||
参道の先に若葉の寺院あり | |||
石段の上の山門緑さす | |||
すゑこざさ広がる園の薄暮かな | |||
木の影の岩石蘭や梅きざす | |||
青く浮く四国連山夏の空 | |||
玉眼の十六神像薄暑光 | |||
薄暑光へ戒壇巡り終へてより | |||
夏暁の寂光に浮く秘仏かな | |||
お薬師の読経を受けし夏の朝 | |||
虚空仏守る禅寺夏落葉 | |||
石窟の毘沙門天の露涼し | |||
南風吹く本堂前の親子馬 | |||
青風仁王の像に睨まれて | |||
旗靡く馬頭観音梅雨晴間 | |||
神木の大楠ぐんと夏空へ | |||
飴売りの日除け並べる店五軒 | |||
峰雲や奥の院への五百段 | |||
山降りて宿の足湯の風涼し | |||
小豆島へ向かふフェリーや夏の昼 | |||
麦秋の大地眼下に離陸かな | |||
「嵯峨野賞」佳作 | |||
冬送る | 水科 博光 | ||
黒土のなかを麦の芽そよぎをる | |||
鐘冴ゆる空に飛行機ひかりけり | |||
宵闇の火影濃くなる里神楽 | |||
土伸びてぽつと大根抜けにけり | |||
久久の帰郷の床や雪明り | |||
数へ日のラジオに国の訛かな | |||
追羽根の途切れる度に上がる猪口 | |||
白鳥を真白にしたる朝日影 | |||
風花のひとつぶ熱き掌 | |||
鍬の柄に重たき土よ三冬尽く | |||
囀や霞ケ浦の夜明け空 | |||
乳飲子へおくびをきそふ梅の風 | |||
髪に針撫でゐし母よ針供養 | |||
手のひらを雪解雫の硬さかな | |||
昼からの冷や酒湯漬目貼剥ぎ | |||
船窓に浮かぶ港の朧かな | |||
綿雲の鳥や羊や牧開 | |||
馬の仔の背に日あそぶ足はこび | |||
若鮎の日を返したる鱗かな | |||
花の雲飛び立つ鳥になびきたり | |||
冬の北国 | 岡本 和男 | |
禽獣の匂ひを消して山凍てる | ||
飛ぶ鳥を見せず霧氷の原生林 | ||
刺すごとく破れ番屋の虎落笛 | ||
凍港の十戸の漁村音もなし | ||
餌を欲りて街の灯よぎる北狐 | ||
熱燗を交す漁なき漁師町 | ||
地吹雪が一夜で塞ぐ通学路 | ||
角巻の祖母の写真を懐かしむ | ||
ストーブを離れず人は列車待つ | ||
駅名に雪の貼りつくローカル線 | ||
オホーツクの沖をはるかに月冴ゆる | ||
鼻を刺痛さの零下二十五度 | ||
廃屋の軒を傾げて大氷柱 | ||
刃物めく風に眼を閉ぢ大白鳥 | ||
丹頂の凍てを解かざる入日かな | ||
海からのシベリア颪きのふけふ | ||
冬怒涛寄せて地軸のゆるぐほど | ||
地の涯の冬の銀河の底澄めり | ||
流氷のきしみ重たき夜明けかな | ||
行き場なき流氷岸に立ち上る | ||
受賞のことば 嵯峨野賞 岡本 和男 | |
令和四年度の「嵯峨野新人賞」入賞のお知らせを頂いた時、まさか受賞できるとは思ってもおりませんでしたので、只驚くだけでした。選考に当たられました諸先生には、心から御礼を申し上げます。自分のことは、先の新人賞を頂いた時に触れて居り、重複することもありますが、お許しいただきたいと思います。 私は北海道十勝で生まれ育ちました。子供の頃から雪国の長い冬は、正直なところうんざりするだけでしたが、そんな北海道でも十勝よりも更に厳しい最果ての道東、道北の大自然だけは別で、心惹かれるものがあり、それに題材を求めたのが、新人賞の「北ぐに」と今回の「冬の北国」でした。夏と冬の季節の違いはあれど、広い北海道を一口で「ふるさと」と言って良いのかどうかですが、私にとってはふるさとだからと云う気持ちもあったことは確かです。新人賞応募作品の「北ぐに」に取り組んでいた時、夏から秋の作品なのに、絶えず思い出されて来たのが冬の北海道でした。 雪国の生活と自然、いつかそれに取り組んでみたいと思ってはいましたが、それが今回の作品でした。北国の本当の厳しさは、雪と寒さの中の長い冬で、まだまだ云い足りないことがたくさんありますが、少しでも表現できていたらと思っています。有難うございました。 |
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略歴 | |
昭和13年 北海道生まれ | |
平成 7年 埼玉県生涯学習で俳句入門 | |
平成 7年 曲水入会 | |
平成 10年 埼玉県俳句連盟入会 | |
平成13年 山暦入会 | |
平成19年 第四回埼玉俳句賞受賞 | |
令和元年 嵯峨野入会 | |
令和 3年 令和二年度嵯峨野新人賞受賞 | |
令和 4年 若竹集同人 | |
枯葉道 | 佐藤 洋子 | |
霊峰に残る白さや辛夷咲く | ||
雨傘をカートに分け合ふ春夕立 | ||
れんげ田に友と遊びし日日遠し | ||
故郷へトンネル幾つ桃の花 | ||
チェロを背に校門入る子花は葉に | ||
子と母のはなしは内緒茄子の花 | ||
向日葵の茎あをあをと戦禍の地 | ||
空港の百の国旗や晩夏光 | ||
安曇野へ迫る稜線さはやかに | ||
秋茄子のレシピ披露や貸し農園 | ||
そこはかと過ぎゆくひと日とろろ汁 | ||
単線の車窓を稲架の見え隠れ | ||
休刊日庭の小菊を食卓に | ||
瀬の音へ並ぶ切株小春空 | ||
木守柿目印にして友の宅 | ||
また書店閉づる知らせや冬の雲 | ||
自転車の籠に葉付きの大根かな | ||
カフェテラスにはづむ会話や木の葉舞ふ | ||
古刹へとゆるき坂道冬すみれ | ||
こらからも自分の歩幅枯葉道 | ||
受賞のことば 嵯峨野新人賞 佐藤 洋子 | |
嵯峨野新人賞受賞のお知らせはあまりにも思いがけない事でした。非常に驚きましたが、嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいになりました。ほんとうに有難うございました。選考に当たられた先生方、嵯峨野の編集に携わる皆様方に心から御礼申し上げます。 私の俳句との出合いは「摩天楼より新緑がパセリほど」この有名な俳句でした。アメリカへ旅行したとき摩天楼から眼下に新緑の街路樹を見たのです。私の勝手な思い込みでしょうが、あの有名な俳人と共有できたかのようなこの体験から俳句に興味を持ちました。実際に俳句が作れたらどんなに楽しくどんなに素晴らしいだろうと思うようになったのです。 そんな所、区報で区主催の高齢者のための俳句教室があることを知り、早速に参加を決め、俳句の知識も全くないまま、歳時記を買うころからのスタートでした。 その後、嵯峨野体験入会という制度を知り、主宰の才野先生のご丁寧な御指導を頂き、武蔵野句会に入会致しました。武蔵野句会では顧問の中野先生に「楽しみながら句作に励みましょう!」のお言葉に背を押され、皆さんの温かい言葉に助けられ、恥ずかしい思いもしながらの毎日です。鉛筆一本とノートがあれば、どこでもいつでも楽しむことが出来る俳句を一層大切にしたいと思っています。やっと一歩を踏み出したばかりですが、どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。 |
略歴 | |
昭和17年 山梨県生まれ | |
平成25年 区主催の高齢者のための俳句教室入会 | |
令和元年 4月 嵯峨野体験入会 | |
令和元年10月 嵯峨野入会 | |
旅は道づれ | 亀山 利里子 | |
生家とはかくも遠きや夏蜜柑 | ||
形よき唇ふるる祭笛 | ||
夕風の通りぬけたる浴衣かな | ||
廃線の錆の匂ひと草いきれ | ||
蜩や下校の合図さながらに | ||
人の世を好いて撫子風の中 | ||
十六夜の月を離れぬひとつ星 | ||
過疎の地の雲の速さよ赤とんぼ | ||
竜淵に潜みて月の蝕けゐたる | ||
月しろや旧監獄の小さき窓 | ||
書き出しに迷ふひと筆十三夜 | ||
夕風に揺れて紫式部かな | ||
ひえびえと桟橋離れ行くフェリー | ||
ここよりは女人禁制霧襖 | ||
くれなづむ釧路湿原草紅葉 | ||
冬日差す待合室の固き椅子 | ||
夕時雨無口が売りの骨董屋 | ||
寒菊や開かれゐたる能舞台 | ||
ちりちりと花びらこごえ冬桜 | ||
駅ピアノ流れ聖夜の街明り | ||
東京散歩 | 鈴木 とみ子 | |
東風吹いて江戸日本橋旅ごこち | ||
ミモザ咲く寺の隣は大使館 | ||
ライヴ跳ねガス灯通りの朧かな | ||
マロニエの咲く並木道佃島 | ||
都心にも見ゆる昔や春の泥 | ||
うららかや深川飯の甘きこと | ||
奏楽堂出で風青き並木道 | ||
緑さす上野の杜のカフェテラス | ||
橋くぐる観光船や風薫る | ||
高尾山の天狗飛び立つ青葉闇 | ||
花篝ともす料亭奥高尾 | ||
椿山荘朱塗の橋に蛍かな | ||
六月や銀座ルパンの前を過ぐ | ||
向日葵やニコライ堂の鐘の鳴る | ||
夏の夜やピンクに浮かぶ清州橋 | ||
浅草寺参りのあとのどぜう鍋 | ||
古池の句碑の辺りや柳散る | ||
色鳥に案内されをり水の園 | ||
都鳥遊覧船を先導す | ||
深川をそぞろ歩きや翁の忌 | ||
萩の風 | 梅原 清次 | |
きのふより耳聡くなる萩の風 | ||
赤松の根方の乾き秋暑し | ||
御朱印は開山の遺偈山の秋 | ||
歳星へかかる清かな月の道 | ||
夜は闌けて庭草虫の音に濡るる | ||
名を替へて流るる大河稲の秋 | ||
秋冷の山見て雨戸引きにけり | ||
いのち一つ遣ひ余して鰯雲 | ||
敗荷の水面の光安らけし | ||
おしろいや表通りへ下駄の音 | ||
秋時雨光る角より下校の子 | ||
枝と枝揺れを揃へて水木の実 | ||
胡桃二つ握れば遠き谷の音 | ||
黄落や出払つてゐる人力車 | ||
夏風忌の十一月のあたたかし | ||
うす墨の真木のかがやき神無月 | ||
夜神楽のかがりに雨照る翳る | ||
神さびの杜のむささび坊泊り | ||
大綿の舞ふや夕日の坂の上 | ||
日の斑とも小笹の上の冬の蝶 | ||
ヘルスメモ | 今泉 藤子 | |
突然の検査入院秋はじめ | ||
次次と検査を重ねそぞろ寒 | ||
朝寒や採血五本けふもまた | ||
診断は画像によりて冷まじき | ||
予想せぬ病名聞いて秋の雷 | ||
この手術乗り越えねばと秋の蝶 | ||
点滴にたよる終日秋深む | ||
長き夜や気分次第で俳誌繰る | ||
病窓に凭れて良夜いつまでも | ||
点滴の手に手に掌をかさね夜寒かな | ||
手術まで重湯ばかりや秋さぶし | ||
病状を日毎秋思のヘルスメモ | ||
執刀医の説明直に肌寒し | ||
癌取つて何はともあれ冬ぬくし | ||
ナースコール迷ひに迷ひ冬の夜 | ||
日脚伸ぶ面会謝絶解けぬまま | ||
術後なほ葛湯スープの患者食 | ||
退院を控へリハビリ春を待つ | ||
いささかの体調もどり寒卵 | ||
予後の身を案ずる電話あたたかし | ||
相良研二 | |
北信五岳 | |
みすずかる信濃いで湯の虫の夜 | |
あるなしの風に騒立つ蕎麦の花 | |
浅間山露に起き臥す里暮し | |
みくまりの秋水走る棚田かな | |
鋭鋒の隈あらはなる秋の晴 | |
山霧に忽ち消ゆる鬼無里村 | |
県境の山湖に深き秋の色 | |
稲架解いて北信五岳現るる | |
うぶすなの穀霊もゐて秋収め | |
花楸樹ひたくれなゐに山燃ゆる | |
行雲の向かうは越後栗の里 | |
安曇野の暮色を深め雁渡る | |
散り残る紅葉の中を千曲川 | |
法螺の音に木曾御嶽のしぐれけり | |
遠山をのぞむ枯野の道祖神 | |
伊那谷の冬田の中に句碑ひとつ | |
山国のひとに貰ひし冬林檎 | |
国宝の天守そびゆる冬銀河 | |
蔵の町宿場の町の雪催 | |
雪嶺の間近に迫る無人駅 |
久保木倫子 | |
冬 隣 | |
明治期の先祖の写真涅槃西風 | |
地蔵尊つむりに灌ぐ春の水 | |
蛇穴を出づや職場の配置換 | |
雨止みてぽかり二重の春の虹 | |
手回しのミシン掛けたる日永かな | |
養花天初登校の転校生 | |
はち切れんばかりの蕾白木蓮 | |
松落葉古りし祠の屋敷神 | |
霧降の黄菅の原をわたる風 | |
遺品から吾が母子手帳山法師 | |
葎へと変はり果てたる郷の庭 | |
滝見して動かぬ人の在りにけり | |
白き月色づき始む夏の夕 | |
六甲の山路の巨石夏薊 | |
糸瓜より生まるる水の力かな | |
苧殻焚く瞼の裏に母の顔 | |
蓑虫や独り思索の日暮時 | |
街路樹の一日ごとの冬支度 | |
湯治場の裸電球冬隣 | |
湯豆腐や卓袱台ありし日の家族 | |
梅原清次 | |
冬の日 | |
爽涼や四方に雲湧く甲斐の国 | |
甲斐信濃つらぬく古道蕎麦の花 | |
降り出して葛に滝なす山の雨 | |
溝蕎麦や戸隠古道坂がかる | |
投げ入れの籠に野の花五合庵 | |
庵辞して見返る山に秋の雲 | |
にぎにぎと桐の実山の日に黒む | |
高原の牧水の歌碑吾亦紅 | |
谷へ谷へ流るるすくも焼く煙 | |
消え残る白き夜雲や月の秋 | |
戸隠の森の橡の実どうと落つ | |
山際の空真つ青にからす瓜 | |
秋風や十字結びの古書の束 | |
源流の山黒黒と秋没日 | |
テント百張古書市の秋ともし | |
踵より耳の裏よりすがる虫 | |
切り花を買ふ菊展の最終日 | |
照り翳る堂の甍や冬隣 | |
枯蘆の中洲瀬の音瀬の光 | |
冬の日やコントラバスを背負ふ影 |
本多ひさ女 | |
ガラシャの呟き | |
初茜よきことのある予感して | |
切手貼る指先にある余寒かな | |
古民家の座敷に雛の集まりて | |
囀をただ聴きたくてこの杜へ | |
白壁のガラシャの城に風光る | |
発掘の土の匂ひや春の風 | |
若葉風コットンシャツの美少年 | |
新緑の信濃にひそと無言館 | |
茅葺の旧家に高く鯉幟 | |
初蝉や父の忌日の巡りきて | |
捥ぎたての胡瓜の棘の痛さかな | |
八月の数多の祈り未来へと | |
天守より掬へさうなる鰯雲 | |
俳号で届く郵便秋澄めり | |
ひと気なきガラシャの城に鵙猛る | |
芒原気儘な風は収まらず | |
ゲートルを巻いて庭師の冬支度 | |
母の忌や母のショールの柔らかし | |
十二月八日の骨は軋みをり | |
歩を延ばす古墳への径冬ぬくし | |
中島文夫 | |
投 網 | |
初護摩の僧は炎をあやつりぬ | |
パンにバターぬつておだやか春近し | |
ビバルディ聞いてうたた寝春隣 | |
三陸の三月の海星燦燦 | |
若草や古地図ひろげる城下町 | |
百あれば百の黙秘の浅蜊かな | |
房総の太古の隆起梅雨に入る | |
サイダーの泡へとけこむ空の色 | |
噴水の音や天へとフォルテシモ | |
青田道雲をゆびさす手話の母子 | |
逆光の川面切りとる投網かな | |
白靴に先導される球児かな | |
迎火や母の小言も迎へ入れ | |
盆の月無人交番過ぎゆけり | |
酔ひ客を門まで送り星月夜 | |
みどり児の色なき風を纏ひをり | |
テナントの入る廃校や実南天 | |
肥後守削る芯より冬に入る | |
ビー玉の転がる光小春かな | |
リモコンを握ったままの冬籠 | |
伊藤泰山 | |
十勝四季 | |
後ろ手の翁媼ふたり初日受く | |
恵方への千歩の道も一歩から | |
町章の槲大樹の木の根開く | |
開墾を黙し語らず花辛夷 | |
靴紐を確と結ひ付け青き踏む | |
新任の婦警着任花すもも | |
雪渓を転がつて来る谺かな | |
空港へ向かふ道の辺いもの花 | |
急用は俺に任せと夏つばめ | |
翔平のホームラン呼ぶあいの風 | |
冷し麺手箸で掬ふ幼かな | |
知らぬ同士西瓜叩いて品定め | |
農終へて神農さんと酌む新走り | |
母在らば愛でることなき蓼の花 | |
地下足袋を束子で洗ひ秋じまひ | |
方円の水持ち上げて氷りけり | |
末枯や蕭条無人捨てサイロ | |
産土の言霊鎮め山眠る | |
予報よりどか雪となり北暮し | |
曲がるたび雪をこぼして介護バス | |
小國裕美 | ||
雛 | ||
枡口に清めの塩や年の酒 | ||
神馬舎の藁の香りや明の春 | ||
立春や杉箱匂ふ京の菓子 | ||
黒馬の鼻筋通る春の風 | ||
紋入りの青丹衣や古雛 | ||
酌む酒やへの字の口の奴雛 | ||
鮒の口集まつてゐる花の寺 | ||
水際にあひるの並ぶ花の昼 | ||
満開の桜に声をとられけり | ||
手鏡の曇を拭ふ春の宵 | ||
陽炎や犬の綱引く橋の上 | ||
つばくろの道開けてをり納経所 | ||
赴任地は城のある街風光る | ||
銅像の襟を正して松の芯 | ||
薔薇園や犬の鎖の解かれをり | ||
完熟のトマトを貰ふ島訛り | ||
入港のメロディー流れ秋の潮 | ||
白毫のともしびもらふ秋の寺 | ||
日の暮れの甲高き声秋簾 | ||
深爪の脈打つてゐる余寒かな | ||
太田朋子 | |
夢紡ぐ | |
余寒なほ裸電球灯る駅 | |
音もなく苔の褥へ椿落つ | |
春耕や目覚めし土のつぶやきて | |
川風に薄紅こぼす朝桜 | |
鄙の味守る老婆の蓬餅 | |
若葉より抜けきて風の歌ひ出す | |
厨より瓜刻む音母の音 | |
傍らにサンテグジュペリ避暑の宿 | |
終戦日ま青な海へ夕日落つ | |
白芙蓉下弦の月の沈みゆく | |
小鳥来るふと口遊むみすずの詩 | |
大花野両手広げて空を抱く | |
空つぽの牛舎を照らす後の月 | |
残照の消えゆく棚田冬はじめ | |
薄ら日を捉へ離さぬ花八つ手 | |
石蕗の花そつと抱きし母の肩 | |
夕時雨羅漢の庭にただひとり | |
敗れてもまた夢持ちて落葉踏む | |
引き上げ船着きし港や冬ざるる | |
毛糸編むこれからの夢紡ぎつつ | |
池田洋子 | |
木の実降る | |
山中座尋ぬる傘に春の雪 | |
口笛でをとこ初音を真似てをり | |
まほろばの空へ立ちゆく野焼の火 | |
クローバーいつも誰かに守られて | |
蒲公英の絮に流転の始まりぬ | |
廃校に響くオルガン花散るよ | |
揺れやすき少女の心罌粟の花 | |
弥陀の風渡れば開く未草 | |
朝顔や表を通る下駄の音 | |
今年米るるりりららと炊き上がる | |
エプロンの妻でありし日さいら焼く | |
星飛ぶやその一瞬を亡夫とゐて | |
秋蝶の影は番となりて舞ふ | |
近道は何故か遠道ねこじやらし | |
もろこしの髭の吹かるる捨畑 | |
木の実降る子等へ小さき野地蔵へ | |
牧の名はめえめえ牧場木の実降る | |
里の灯の幽かに揺れて虫の夜 | |
対岸の民家眠りて冬ともし | |
オリオンを北斗を仰ぐ懐手 | |
澤田治子 | |
風 | |
胎動の蹴り伸びひと蹴り春の風 | |
五加垣夜を濁乱の最上川 | |
京雛や帰路の北前船に乗り | |
山は今深山霧島色を成し | |
名告上ぐ初夏の生きとし生けるもの | |
虹立てり讃岐の山の麓より | |
黒き絵馬跳ねて旱の社かな | |
破れ傘鳥居朽ちたる祠かな | |
麦味噌の香に目覚めたる帰省かな | |
アルプスの風のひと撫で蕎麦の花 | |
駅までのインクラインや鰯雲 | |
岩塩の矩形や太古の月更けて | |
秋曇累卵に置く弥次郎兵衛 | |
秋夕焼カウンセラーの深呼吸 | |
校庭に記す標高小鳥来る | |
夕日影差してニセコの草紅葉 | |
檸檬の香纏ひて小豆島の風 | |
菰樽を巻く荷師の手や十二月 | |
雪しまき神居古潭の渓深し | |
結氷を割るや野付の砂嘴の風 | |
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